田中です。
今回も為末大氏の「熟達論」の「観」の段階から響いた内容について記事にします。
色々な事が見えるようになって来ると「わかったつもり」になる事があります。為末氏はこれを「わかったとわかったつもりの違いは自分自身の体験に根ざして考えているかどうか。」としています。
「現実に上手く行くかどうかはあらゆる事が関係しあった上でのバランスで決まっており、ある一側面からでは全てを説明出来ない。熟達に必要なのは証明ではなく実際に出来るようになる事。分からないと修正できないし、説明できない」
たしかに。ぼんやりとしかわかっていない事って説明出来ないですよね。自身の体験に根ざしていない事は「つもり」なんですね。